「京都でお勧めの場所ってあります?」

「来月京都に行くんですよ」と職場の先輩が言った。「おすすめの場所ってあります?」

京都の観光名所を聞かれるのは実に沖縄に住んでから3回目だ。私は口ごもる。

 

形骸化した火の用心や回覧板。玄関先でタバコを吸いながら近所を監視し噂話を広めていた定年退職後の隣人。路地裏にある隠れ家のような居酒屋。毛布とお茶を野宿者に配った京都駅。かつて夏祭りを行って賑わった、今ではシャッター街になった商店街。いつまでも修繕されない河川敷の崩落。猥雑な歓楽街のアスファルトにこびり付いた吐瀉物の跡。深夜の牛丼屋で泣きながら電話をしているナイトワーカーと、その隣で客にメールを打ちながら相槌をうつ友人。サークルの宣伝が描かれた立看板の立ち並ぶ百万遍交差点と、石垣取り壊しに反対して石垣をスクウォットする学生。ネットでも手に入らない本を無造作に積んでいた古書店。老朽化して屋根が崩落したアパート。ライブハウスで自分を暴力団員だと言って暴れはじめた酔漢。私にとって、京都とはそういった、一言では語りようのない重層性を持つ街であった。

 

京都を発つ直前、自分にとって思い出深い場所をいくつか訪れたことがある。そんなことをしたのは、私の中にも多少なりとも過去への思い入れがあったのだろう。ところが、私の思い出と繋がる場所は、そのほとんどが再開発によって消滅していた。ジェントリフィケーションと共に進められた京都という街の、自己オリエント化が招いた結果だった。いたるところにアニメ風の絵のポスターが貼られていて、観光客向けの空疎なキャッチコピーが書かれていた。地下鉄東西線がオープンした直後の、やたら広い空間に、開店したばかりの店舗で店員が暇そうにしていた、あの人気のない御池通りの地下街を思い出す。既存の繁華街と接続していない、行政主導で作ったこんな場所に、誰が来るのだろうかと思った。今ではあの地下街に似たモールがあちこちにあり、「GoToイート」のポスターが貼られていた。私の知っていたあの風景は、とっくの昔に消えてしまっていた。私は「横浜駅SF」という小説を思い出した。あの地下街は、物語の中の横浜駅のように、知らないあいだに成長し、私の知っていた街を埋め尽くしたのだ。

 

私は自分の知らない街について、何をレコメンドすればいいのだろう。私は途方に暮れる。消えてしまった街と、それを糊塗するかのように空虚なイメージが空間を埋め尽くしている。

 

住んでいたアパートの近くに、年配の夫婦の営む小さなラーメン屋があった。店の壁には東欧の写真が飾ってあり、外国に日本のラーメンの作り方を伝授したときの記念なのだという。癖のないあっさりした味で、料理を作る気力がない日にその店の半チャン定食を食べることにしていた。しまいには私の顔を見るだけで「半チャンやね?」と聞かれるようになった。店を経営していたのは、口数少なく中華鍋をふるうシャイな店主と、よく話す愛想のいいパートナーさんだった。あるとき、もう高齢で店を続けるのが難しいということで、閉店することになった。

店を閉めるというその最後の日に私はそのお店に駆けつけ、いつもの半チャン定食を注文した。お婆さんは、これまでどんな苦労をしてきたか、どんなお客さんが来たかを話してくれた。

「最後に、後生やから、ひとつだけお願いしたいことがあるんやわ」と、店主は言った。昔、斜向かいに別の飲食店があり、その店が閉店に至ったとき、お客さんたちが「あの店、潰れてしもたな」と言うのを耳にして、心を痛めたのだという。確かに、この場合の「潰れた」という表現には、限界に耐えかねて挫折した、というニュアンスが含まれる。

「うちも同じように、『あの店潰れたな』て言われるんやろけど。そんでもね、そうは言わんとって欲しいねん。立派にやり切って、仕事をつとめあげはったんやて、そう言うて欲しいねん」。そう言うお婆さんの目は真剣そのものだった。

 

地図は日々描き変わっていく。そのような変化はおそらく経済的な指標のひとつに数えられていくだろう。しかしその背景には、街の人々による、こんなふうな営みがあるのだ。

私がレコメンドしたい場所があるとすれば、まさにこういった人と人とのつながりが感じられる場所だ。しかしそれは観光で訪れる人の求めるものではないだろう。

 

私は、私の知る限り、いちばん人と人とのつながりを大切にする店主が切り盛りする食堂を教えた。「有名ではないですけど、いい場所ですよ」

私におすすめの場所を聞いた人は、少し困ったような顔をした。この人は、清水寺であるとか、五重の塔であるとか、そういった観光客向けの「京都」を期待しているのだ。そういう場所は、往々にして京都を頻繁に訪れる観光客のほうが詳しい。

結局、私は自分が行ったこともない観光地の話をして、その話は終わった。次に同じことを聞かれたら、私は何を答えるだろうかと考える。そしてまた、私がいつか沖縄を離れ、「沖縄のお勧めの場所」を聞かれる日が来るだろう。多くの観光客が訪れる場所は、国際通りも、美ら海水族館も、琉球村さえ行ったことがない。私の沖縄でのお勧めはといえば、「ホームセンタータバタ」一択なのだが。(いつかこの話は書くことがあるかもしれない)